日本社会福祉学会 第71回秋季大会

特定課題セッションの各テーマおよび趣旨

特定課題セッション I

■テーマ:社会福祉学は「分割」を免れたのか? ―2定点構造再考―
■コーディネーター:大西 次郎(大阪公立大学)

■テーマ趣旨:
 2002年、星野は「『社会福祉学』は…明確に『社会政策』と『ソーシャルワーク』に分割」すべき、加えて「disciplineから遊離して参入した曖昧分野『社会福祉学』者を返上」すべきと主張して議論を巻き起こした。その背景の一つに「経済学、法律学、社会学、心理学などを学び、その延長線上で社会福祉学の研究に関与してきた人びと」に教えを受けた、「最初から社会福祉学」研究者としてのアイデンティティの問題(古川2001)があげられよう。もともと政策論 vs. 技術論に表象される「制度・政策」と「援助技術」は ―社会福祉事業本質論争へ遡るように― ソーシャルポリシーとソーシャルワーク、ハード福祉とソフト福祉、闘争モデルと協働モデルなど言葉を代えつつ、討議の焦点であり続けた。
 このとき古川(2001)は「両者は必然的に結び付いていなければならないはずである。しかし、その結び付き方がいまだ十分に解明されていない」とし、岩田ら(2003)は「政策と実践は援助活動を構成する不可欠な切り離し難い要素である…古川氏の主張はこの延長線上に位置し、より説得力がある」と学徒の理解を総括した。さらに、政策と技術を出会わせる媒介項としての「結び付き」の確認が福祉経営学(京極1990,2017)やソーシャルアドミニストレーションなどから進められ、「社会福祉はソーシャルポリシーとソーシャルワークという2つの焦点をもつ2定点型の構造」(古川2012)として当面、生き永らえた(と論者はみる)。政策と相関する社会運動との対比で「“社会福祉のプロパーの研究者”ではないという評価を何度となく受けてきた」(大橋2019)とする社会教育学出自者の述懐を含め、意見・立場の違いを超えて「社会福祉学のアイデンティティ」を見極めんとした先達の労は銘記されてよい。
 こうした「分割」「2定点構造」の発議から20年・10年がおのおの流れた。その間多くの“社会福祉のプロパーの研究者”が輩出され、一見して社会福祉学は実態上、「分割」を免れているようにみえる。だが、ソーシャルポリシーとソーシャルワークの「結び付き」の解明はなお確かでないと論者は感じる。
 それは先達の責ではない。「分割」からなるアイデンティティ拡散の懸念は彼(女)らの眼前にあった。「結び付き」へのこだわりが自身の足元を揺るがしかねないなか、当面の決着はむしろ穏当であり、解明は次世代に委ねられたといえよう。これが、スケールメリットの獲得により二の次にされている(のかもしれない)。もっと言えば、その後「分割」が無実化して解明の要はなくなった(のかもしれない)。
 なぜなら、岡村理論以来の「制度的支援と『制度の狭間』を支援するソーシャルワーク」(猪飼2015)という認識は所与でない、とみる余地があるからである。史(2021)は「今日のソーシャルワークはすでに『社会制度』と高度に融合し、現代社会福祉制度の一環として実践されてきた」と喝破し、利用者を共同生産者に位置付けた「第三の支援戦略」を論じている。いわば「地域共生社会の実現のためにはソーシャルワーク機能が必要とはいわれているものの、ソーシャルワーカーが必要という議論には達していない(下線論者)」(白澤ら2019)のであって、「向制度的」ソーシャルワークはソーシャルポリシーに包括され(「分割」の無実化)、「超制度的」ソーシャルワークは(コミュニティ)ソーシャルワーク機能として、職種・資格の別なくボランタリーな実践を含め役割開放されつつある可能性がある。
 むろん、社会福祉学が「超制度的」ソーシャルワークへ与する姿勢に異論はないが、「『2定点構造』のなかの…原理」の検討を要するとした所(2012)のように「社会福祉をソーシャルポリシーのなかで論じ」、その上に連携・協働やネットワークを構築する形が理にかなうのではないか。つまり社会福祉学は「2定点構造」を緩和して「分割」を免れ得る。他方、これを歴史上の振り子運動としてソーシャルポリシー重点化と評することもできる。その場合は「2定点構造」の再確認が必要である。すなわち社会福祉学はソーシャルポリシーとソーシャルワークの「結び付き」を解明して「分割」を免れ得る。
 ソーシャルワーカーが胸を張って実践にあたれる理論を、研究者は世に問い続けねばならない。よしんば言葉遊びと揶揄されるとも、それは落ち着きの一助となった側面もあろう。本当に社会福祉学は「分割」を免れたのか?「2定点構造」は今も自明なのか? ひょっとして、こうした議論はもう無用なのか?

特定課題セッション II

■テーマ:性的マイノリティをめぐる課題から社会福祉学を再考する
■コーディネーター:宮﨑 理(明治学院大学)

■テーマ趣旨:
 “LGBT”(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)をはじめとする性的マイノリティをめぐる課題は、社会福祉学においても重要なものとして論じられるようになった。しかし、性的マイノリティは、あたかも新たに“発見”された人びとであるかのように受け止められてはいないだろうか。逆説的な言い方であるが、性的マイノリティをめぐる課題を論じることで“発見”されたのは、規範的な性のありようにあてはまるとみなされる人びと––ヘテロセクシュアル(異性愛)かつシスジェンダー(トランスジェンダーではない)の“女性”や“男性”––の存在であり、社会福祉学(あるいは社会福祉という営み総体)が性別二元論を前提としてきたという事実である。
 理論的にも実践的にも、もはやそのことを無視することはできない。性的マイノリティをいなかったことにしてきた社会福祉学のあり方を問う必要があるのではないだろうか。性的マイノリティをめぐる課題から社会福祉学を再考しようとするとき、例えば以下のような論点が生起するであろう。

  • 社会福祉学が前提としてきた性の規範の検証
     先述したように、社会福祉学では、すべての人びとは“女性”と“男性”というただふたつの性のありように分けることができるという強固な性の規範が共有されてきた。この規範は歴史的にどのようにつくられてきたのか、そのことによって誰が、どのようにして不可視化されてきたのであろうか。
  • 個人主義の力動と構造的抑圧を問題化することのせめぎ合い
     性の多様性を尊重する価値観は個人主義と親和的であり、国家の責任が後退しつつある昨今の社会福祉の風潮に馴染みやすいかもしれない。このことは、性的マイノリティに対する構造的な抑圧を問題化することと、矛盾をきたしはしないだろうか。
  • あらゆるものが社会福祉の対象となることへの戸惑い
     近年日本では、多様なマイノリティへの支援や社会的包摂の必要性が論じられている。しかし、マイノリティの政策対象化が進めば進むほど、複合的な困難に直面している人びとは逆に排除されがちになってしまうのではないだろうか。また、抑圧的な規範に人びとを従属させるという側面もあるのではないだろうか。

 本セッションでは、単なる現状分析や実践紹介の次元にとどまることなく、性的マイノリティをめぐる課題が社会福祉学にどのような論点をもたらすのかを明らかにしたい。先に例示したもの以外にも、様々な切り口があるだろう。場合によっては、直接的には性的マイノリティを取り上げていない報告も想定されるかもしれない。いずれにせよ、本セッションにおける議論を通じて、社会福祉学から性的マイノリティをめぐる課題を検討するのではなく、性的マイノリティをめぐる課題から社会福祉学を再考する契機をつくりたい。さらには、そのことによって、社会福祉学の理論研究全体の活性化に寄与することを志向したい。

特定課題セッション III

■テーマ:変わりゆく世界において国際ソーシャルワーク研究が目指すものとは
■コーディネーター:松尾 加奈(淑徳大学アジア国際社会福祉研究所)

■テーマ趣旨:
1.背景
 世界規模かつ各国・地域において人びとが直面する多様で複合化する課題が顕在化してきており、ソーシャルワークのあり方が問われている。新型コロナウィルス感染症をはじめとする世界的な公衆衛生上の課題、ロシアによるウクライナへの武力侵攻、アフリカ、中近東、アジア、南米等におけるいくつかの国々での危機的な政治経済状況、気候変動問題や災害など、枚挙にいとまがない。そして、それらの世界規模および地域の課題やそのインパクトは越境し、日本を含む各国・地域と影響をもたらしあっている。
 国際ソーシャルワークは、長年に渡って欧米をはじめとする論者による研究の蓄積がみられるとともに、国際的な組織をはじめとするアクターが様々な形で多様な課題に取り組んできた。日本においても、国際ソーシャルワークに関する教育・研究・実践の歴史は最近に始まったことではなく、近年においても、国際ソーシャルワークにかかわる書籍や論文等がいくつかみられる。他方、日本国内では、海外にルーツをもつ人々との実践の必要性から多文化共生や多文化ソーシャルワークにかかわる論考や、世界的な潮流として持続可能な開発目標への関心等がより高いように見受けられる。
そのような状況の中で、国際ソーシャルワーク研究は何を目指し、何をなしていくことが求められるであろうか。ここでは、何が国際ソーシャルワークであり、何がその研究であるか、についての議論は一旦棚上げする。世界的な潮流と課題を踏まえながらも、それにとらわれない議論が求められていると考えるからである。このセッションは、世界のソーシャルワーク研究と日本の社会福祉学の架け橋となる嚆矢を目指すものでもある。
2.目的
 本セッションの目的は、変わりゆく世界において今求められる国際ソーシャルワーク研究のあり方について、議論を醸成するための研究交流を行うことである。各報告者の研究知見の共有とその後の共同討議を通じて、国際ソーシャルワークやその視点そのものを問う試み、さらには新たな国際ソーシャルワーク研究を推進していく手がかりを見出すことが期待される。
3.焦点・課題
 国際ソーシャルワーク研究に関連しうるテーマや視点は広範である。例として次のテーマにかかわる研究報告が想定されるが、それらに限定されるものではなく、幅広い視点に基づく研究報告を募集したい。そして、報告者の研究知見を踏まえながら、今求められる国際ソーシャルワークの研究視点について、ともに探求していきたい。

  • 国際ソーシャルワークにかかわる実践研究
  • 国際ソーシャルワークについての研究方法の開発
  • 国際ソーシャルワーク教育に関する研究